スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-- : -- : -- | スポンサー広告 | page top
永訣の朝2
2013 / 08 / 21 ( Wed )
  (Ora Orade Shitori egumo)

衝撃の一節です。
「私は私で、独りで逝くから。」

避けられない運命を、
必死で受け入れようとする賢治は、
この言葉をどう受け止めたのか。
その心情に迫る上で、、
“ローマ字表記”“字下げがない”
ところにヒントがありそうです。

いくつか考えはありますし、
少し調べただけでたくさんの説を聴くこともできます。

が、これはまた、やるときにでも。
スポンサーサイト
13 : 25 : 17 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
永訣の朝1
2013 / 08 / 21 ( Wed )
  ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
  わたくしもまっすぐにすすんでいくから


詩の中核はここだと思われます。
音楽的に一番引きこまれるのは、
この後に続くVocalise部分。

音楽家がVocaliseを使うときは、
詩にない情景であったり、
心情であったりを、表現しています。
荻久保和明先生は、この扱いがとても得意で、
「ほうけた母の子守歌」「ゆめみる」などで、
実に見事な世界をつくっています。

鈴木憲夫先生が描いたこの世界も感動的です。

最初は、宮沢賢治の慟哭だったり嗚咽だったりに聞こえました。
何度か繰り返し聴くうちに、
それまでに宮沢賢治が感じていた風とは違う、
一陣のさわやかな風のようにも感じられます。

皆さんが何に聞こえるのか、教えて欲しいです。
13 : 00 : 59 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
なな☆こん前夜
2013 / 08 / 10 ( Sat )
16年間、平田由布が平田由布であり続けていたことの証明。
そして、これから先も平田由布は平田由布であり続けることの約束。

そんなステージにします。

今まで力を貸してくれた、みんなに感謝をこめて。
よろしくお願いします!
01 : 42 : 10 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
「いつまでもいつまでも」
2013 / 08 / 08 ( Thu )
「いつまでも」という言葉ほど、
胡散臭いものはありません。
年を重ねるごとに使わなくなります。
時は有限だとわかるからです。

幸せなときは長続きしません。
どんなものにも終わりはくるのです。
「いつまでも一緒にいようね」は、
若かりし頃の一時の病。
その言葉はいつしか、
「死が二人を分かつまで」
という美しい言葉に姿を変えます。

それでも、この楽曲は「いつまでも」を連呼します。
有限であるということを誣いる世に対し、
抵抗するかのごとく、
「いつまでもいつまでも」と繰り返します。

  もしも 僕らが鳥だったなら
  空の高くを 飛んでゐよう
  雲のあちらを あこがれながら


鳥なわけがないんです。人間です。
人間だから、こんなむちゃくちゃな仮定をします。
たぶん、鳥は「もし僕が人間だったなら」とは考えていません。
ひたすら夢を見ています。
このくらいの夢を見られなければ、
これだけ「いつまでも」を繰り返すことはできません。

奇しくも、海はなかったにも出てきた「雲」。その「あちら」。
何があるんでしょうかね、雲の先には。

  僕らのうたは やがては消える
  そして 空は 限りなくとほい


  (原詩)
  身のまはりで すべてが死に
  僕らのうたは 悲しみになる
  そして 空は 限りなくとほい


作曲者が「死」という言葉に戸惑い、
詩を改編している部分です。
原詩をオマージュしているので、
私はよいのではないかと思いますが、
見る人が見たら怒るだろうなぁ(笑)。

内容が少し変わっています。
原詩では、形あるものが全て死に絶えても、
形なきものがレクイエムとして、
その場に残り続けるという意味で捉えられます。
“肉体<うた=空”

それに対して、楽曲では歌そのものが消えています。
「悲しみになる」のと「消える」のでは大きな違いです。
であるならば、ここでは「うた」そのものも、
形あるもの、死に絶えるものとして捉えなくてはなりません。
“肉体=うた<空”

という表現を、
「僕らのうたはやがては消える」のdecrescendoと
「そして~」の明るさの中に込めました。

  あのあこがれは 夢だつたと
  僕らの翼と咽喉は 誣いるだろう


「あこがれ」とはなんでしょう。
「いつまでもいつまでも」のことなんですかね。
たぶんそれは、「雲のあちら」にあるんでしょうね。

名前のない合唱団自体が、
「夢」のような合唱団だと思っています。
それでも、この「夢」がどうぞ、
「いつまでもいつまでも」続きますように。

そんな思いを伝えたいな。
23 : 12 : 32 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
『IN TERRA PAX』より「IN TERRA PAX」
2013 / 08 / 08 ( Thu )
太郎の望み。
戦士の願い。
少女の探していた花。
母の祷り。

それらは、全て同じだったのです。

  IN TERRA PAX(地に平和を)
  地球に愛を
  ぼくらに夢を


大地に胸を当てて、
地の底から響く不思議なリズムを聴こう。
それが地球の鼓動です。

新しい風に向かって目を開き、
そのやさしいメロディを聴こう。
それが地球の息吹です。

「鼓動」と「息吹」。
そう、地球も生きているのです。

人の世の争いのなんとちっぽけなことでしょうか。
鳥とともに、木とともに、草とともに、
人はみな、この地球の上で生きています。

だから、みんなで祷りましょう。
過去の過ちを忘れるわけでもなく、
また過去の呪縛にとらわれることなく、
ただ、ひたすらに祷りましょう。


  IN TERRA PAX
  地球に愛を
  ぼくらに夢を



~・~・~・~・~

第4曲目までのエピソードは全て、5曲目に通じています。
そして、戦火で失ったもの、そこから生まれた全ての「祷り」は、
とても4曲で語り尽くすことはできません。
なら、語り尽くすことのできなかった「祷り」も含めて、
5曲目の「IN TERRA PAX」に全てを注ぎ込みます。

今もなお、愚かな人間たちは過ちを繰り返し続けています。
それに対して、私たちの声はあまりに小さい。
それでも、僕らは祷り続けなくてはなりません。

過去に理不尽に失われた、全ての尊い命のために。
未来に生まれる全ての尊い命が、決して理不尽に奪われることのないように。

23 : 03 : 41 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
| ホーム | 次のページ>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。